パークスロープ・フードコープが創立以来の原理原則を保ち続ける一方、その周辺の地区は変貌を遂げてきた。ヤッピー[編註:都会に住み、知的職業に携わる裕福な若者たち(young urban professionals)。1980年代の米国で生まれた言葉]化、ジェントリフィケーション[低所得層の多い地区が再開発などによって高級化する現象]、それを何と呼んでもいいけれど、ともあれ、PSFCはその間も地元のシンボルであり続けてきた。
マングース・コミュニティセンターがあった時代、パークスロープ地区では、ユニオンストリートを挟んでイタリア系マフィアとプエルトリコ系マフィアがしのぎを削っていた。マンハッタンで「ウェストサイド・ストーリー」が繰り広げられていたのだとすれば、ここでも似たようなドラマが演じられていたわけだ。その後、白人の専門職従事者たちがぞろぞろやって来て──不動産業者からは皮肉抜きで「パイオニア」と呼ばれていた──、ぼろぼろだったブラウンストーンの建物を改装して住むようになった。運がよければ、いまでもそんな建物を見つけられるかもしれない。ユニオンストリートには最近、「800ユニオン」という建物もお目見えした。低層の建物の間にクルーズ船のように浮かび上がる、守衛付きの豪華アパートメントだ。「ぜいたくを極めながら、下町の風情も楽しむ」。ウェブサイトではそう謳っている。
ニューヨーク市内で成功している小規模事業者はだいたいどこもそうだが、PSFCの場合も、不動産面の幸運に恵まれて生き延びてきたところがある。組合員の出資金のおかげで、入居していたユニオンストリート782を早い時期に買い取ることができたし、その両側の建物も、まだ買いやすかった時期に取得できた。ただ、PSFCと地元の変化との関係は入り組んでいる。PSFCは、パークスロープ地区に新たに移住してきた若い白人たちによって始められ、組合員の多くもまた同じような人たちだった。その一方で、時間がたつにつれて、自分たちが属するニューヨーク市そのものとだんだん似てきた──その逆ではない──希有な事業者でもある。そしてPSFCは、いまもよき隣人であろうと努めている。例えば、組合員は店内で働く代わりに、コミュニティガーデンへ堆肥を運んだり、近所の無料食堂「チップス」で調理や給仕をしたりすることでも、シフトの義務を果たせるようにしている。
PSFCは組合員の属性に関する情報を集めていないが、一説によれば半数の人は店から1マイル(約1.6km)以上離れた場所に住んでいるという。だとすれば、PSFC自体がいわばひとつの地区──富を均質化しようとうねり動く海に浮かぶ、大多数が中流階級の島のようなものと言えるのかもしれない。とはいえ、この島にも富は少しずつ流れ込んできている。ウェバーの話では、過去10年ほどの間に高級チーズについての要望が急増し、「トリュフ入り」を所望する声も多いそうだ。
ワンクリックで商品を配送してもらえるこの時代、ずっしりと重い買い物袋を肩に食い込ませながら、家までのろのろ歩いて帰るなんていうのは、時代遅れも甚だしいと思うかもしれない。けれど、食品を抱えた者同士がすれ違いざまにぶつかってしまったりするのは、なんとも気持ちのいいものだ。スーパーマーケットが生まれるまでは、きっと食品雑貨店はこんなふうだったのだろう。その後の食事の時間と変わらないくらい、ご近所さんたちが愛想よく言葉を交わす、ちょっとした社交の場だ。
ある日、買った品物をエクスプレスレーンで精算してもらっている間、レジを担当していた組合員のピーター・キム・ジョージとこんな会話になった。30代前半の脚本家であるジョージは、PSFCに加入したのは「調査のため」だという。いわく、「ブルックリン人」の生態を間近で観察したいと。「変わったものに惹かれるたちでね。カルト的な場所には慣れっこなんだよ。韓国出身の福音主義派の両親の下で育ったから」。彼がPSFCで気に入っているところは、近くにある地元チェーン系の立派な食品雑貨店「ユニオン・マーケット」のように、選択肢が多すぎないところだという。PSFCがこの地区の毛むくじゃらの雑種犬だとすれば、ユニオン・マーケットは毛並みのいい純血種のプードルといったところだ。わたしが訪れたときはいつも、店内にゆったりとしたジャズが流れている。「あそこは何もかもおしゃれだよね」と、ジョージはユニオンを評する。「こぎれいなんだよな。むしずが走る」
横行するシェイミング、長期にわたる資格停止……
観葉植物と同じように生活協同組合も、生かし続けるよりも死なせてしまうほうが簡単だ。コストやロジスティックスの問題、紛争、さらには燃え尽き症候群などによって、最も健全だと思われていたような生協ですら、つぶれてしまうケースがある。皮肉なことに、もともとは生協の強みだったもの──ユートピア精神、総意に基づく決定、政治的な情熱、絶対的な権力者がいないこと──が、長い目で見ると致命的な欠点になってしまうことがあるのだ。あれほど大きな規模を誇ったバークレー生活協同組合も、88年に倒産してしまった。生協研究センターというカリフォルニアの団体がそれについて調査し、100ページ超の冊子にまとめているけれど、それには「意見集」という副題がつけられている。生協では、失敗に関しても、すべての人の声を聞かなくてはならないのだった。
実際、パークスロープ・フードコープにもいろいろな意見が溢れている。確かに、シフトに出て、買い物をし、家に帰って終わり、という気楽なタイプの組合員もいるけれど、ほかの組合員はみな、何事にも考え方をもっている。組合員の立場が全員対等というのは、基本的には素晴らしいことなのだろう。けれど、関係が緊張したときなどに訴えることのできる、権威や権限をもつ人がいなければ、ささいな対立でさえ収拾がつかなくなってしまう。そうした手段がとれないために、PSFCで横行しているのが「シェイミング(辱め)」だ。
わたしのシフトメイトも最近、その被害に遭った。ある日、彼女が店内でおやつを食べていると、ある組合員が近づいてきてとがめられたという。店内で飲食はしてはいけないことになっているのだが、実際はそれに目くじらを立てる人はまずいない。ところが、その人は注意してきたばかりか、館内放送を通じて、いま違反者を取り締まりました、とわざわざ発表したのだという。公正の名のもとに、異常なほどルールの順守にこだわる人がいるのだ。彼らはちょっとした違反を摘発しただけで、私人逮捕でもした気になるのかもしれないが、それは平和を守る行為というよりは、むしろ幼稚園のいじめに近いような感じがする。
よく晴れた、爽やかな土曜の午前、わたしの元にタレコミがあった──コープの前で人種差別に抗議している人たちがいるよ。駆けつけてみると、バティック(ジャワ更紗)を着たドレッドヘアの女性が、店に入っていく組合員にこう繰り返し訴えていた。「ここで買い物すれば、レイシストの組織を支持するも同然です!」。そばには白人の女性がふたり(ひとりはピンクのセーターを着せたチワワを抱きかかえていた)立っていて、ポスターを広げていた。そこには、ビートニクの詩のような、こんなメッセージがつづられていた。
知っていましたか
45年にわたって、組合員が米国人の基本的な権利、デュープロセスを受けられていなかったことを?
レジノールド・ファーガソンは20年以上、
土曜の班長を務めてきました。
なのに、審理も受けられないまま、その役職から外されてしまいました。
ただ音楽がうるさすぎたから、という理由で。
最後は「レジーに自由を!」という言葉で締めくくられていた。
といっても、レジー・ファーガソンは自由の身ではあった。あごひげをうっすら生やし、スクウェアフレームの眼鏡をかけた黒人の彼は、彼女たちと一緒にその場に立っていた。マルコム・Xの絵柄Tシャツには、「レジーに審理を」いうロゴの入った赤いバッジを着けている。
「わたしはね、いわばフードコープ育ちなんです」とファーガソンは言う。彼はもともと、母親とグリニッジヴィレッジに住んでいた。母親はよく、地下鉄でアッパーウェストサイドの別の生協に買い物に行っていたという。彼自身はニューヨーク大学のビジネススクールを修了して以降、PSFCの組合員だった。そして、メッセージにある通り、20年にわたって土曜午前の買い物班を率いていた。「天職に奉仕することしか頭にありません。わたしは人々のリーダーなんです」
買い物班のリーダーたちには、店内でどんな音楽を流すかを決める権限が与えられている。「4週間ごとに新しいプレイリストを、それこそオーガニックに、つまりあるものを生かして自分でつくっていました」とファーガソンは説明する。ジャンルは、ラップからアフリカ音楽、60年代のロック、サルサ、プリンス、エイミー・ワインハウスまで、多岐にわたっていたという。「ずっと言っていることですが、99パーセントの人は店の音楽を気に入ってくれていました。ところが、残り1パーセントはそうじゃなかったんです」
1パーセントの人たちは彼の選曲した音楽がお気に召さなかった。それだけでなく、その音量も気に入らなかった。だが、その不満をファーガソン本人にではなく、「上階」、つまり事務局に伝えた(権利を与えられているところ、と彼は呼んでいる)。ある日、ファーガソンのもとに、PSFCの紛争解決委員会のメンバーから電話がかかってきた。彼はファーガソンに、音量を下げてほしいと頼まれたことを覚えているかと尋ねてきたという。「ええ、ありました、と答えました。さらに、シフトの穴埋めを巡って起きた事態のことは覚えているか、とも聞かれました」。そのときファーガソンは、班の運営方法に不満を募らせていた組合員と激しい口論になっていた。ファーガソンはその一件のことも覚えていた。その後、あなたには班長から外れてもらう、別のシフトを見つけるように、と言い渡されたという。
こうして彼の闘いは始まった。ファーガソンはまず、自分の言い分を聞いてもらうべく、正式な懲戒委員会の開催を求めた。しかしすぐに、役職を解かれた組合員が参加できる会はひとつもないことがわかった。そこで、コープのある会合の場を利用して、今回の処置には納得できないと訴えることにした。その際は、彼のことを信頼している班員19人が彼のために証言してくれたという。ファーガソンは、紛争解決委員会の決定を無視して自分のシフトに出続けていたが、こうした異議申し立てをしていた間に、コープ側から組合員資格を18カ月間停止されたことを告げられた。以来、以前のシフト時間帯も含めて抗議活動を続けているのだった。
「コープ側からは、わたしの抗議は『奇抜な行動』だと言われたのですが、非常に不愉快です。理由を説明させてください。わたしの母は地域コミュニティの活動家でした。わたし自身も、自分が信じるもののために闘うように教えられました。コープ側は、人種隔離に対して闘ったわたしの祖父母たちについては、何と言うでしょうか。その闘いも『奇抜な行動』などと呼ぶのでしょうか」(あるゼネラルコーディネーターは、ファーガソンの説明には「不備があり、コープの手続きについても誤解がある」と話している)。
彼からそんな説明を聞いていると、レザーのライダースジャケットに身を包んだ女性がいきなり話に割り込んできた。「彼の代わりに買い物してあげたら、わたしも18カ月資格を停止されたの」。女性はデボラ・マーフィーと自己紹介した。「それがルール違反ってことくらい知ってる。罰もまあ仕方ない。でも、なんで18カ月もなの?」。買い物の代行に気づかれたのは、食品を手渡しているところを監視カメラに捉えられたからではないかとにらんでいる。
「ビッグブラザー」。ファーガソンがつぶやいた。
デモクラシーが生んだ“緊張”
組合員のなかには、PSFCの職場文化に問題があると考えている人たちもいる。2019年春には、有給の従業員であるコーディネーターたちのグループから、労働組合の結成に向けて動いているという告知が全組合員にあった。「コープをもっと強くし、持続可能性をさらに高める」ためだという。労働組合に加入した組織労働者ほど、民主主義と平等というPSFCの価値観をよく反映したものがあるだろうか、と。だが、その裏では緊迫した事態になっていた。
ジョー・ホルツは『ラインウェイターズ・ガゼット』で、労組の結成を目指すグループの代理として、小売・卸売・百貨店労働組合(RWDSU)が全米労働関係委員会(NLRB)に正式な申し立てを行なったことを明らかにした。ガゼット紙の記者たちがその申し立て書について、情報自由法に基づく開示請求をしたところ、PSFCの運営側から報復や脅しを受けているなどとグループ側が訴えていたことがわかった。一方、エリアコーディネーター43人は連名で同紙に寄稿し、そのなかで「旧来の労組モデルが果たしてわれわれの独特な職場になじむだろうか」と疑問を呈した。
事実、コーディネーターたちの申し立てでは、NLRBへの訴えでよくある賃金の平等などは問題にされていなかった(ほとんどの組合員は同じ賃金=時給28ドル57セントをもらっている)。そこで訴えられていたのは、安全面の問題や不公平な懲戒手続き、職場での人種差別だった。NLRBはPSFCに対する苦情19件を調査し、そのうち4件について手続きを進めることを決めた。PSFCはのちにNLRBと和解することになるが、違反行為は一切認めなかった。ただ、和解の条件として、PSFCは組合員に対して、彼らがもつ権利について通知することが義務づけられた。
いずれにせよ、訴えた側も訴えられた側も、これらの結果によって自らの立場を正当化している。一方、マネージャー役に当たるゼネラルコーディネーターたちは、労組の結成に関しては中立的な立場をとるとしながら、それについて拘束力のある声明に署名することは拒んでいる。組合員の関与については、さらに混乱した状態だ。労働組合をつくりたい人たちはそれを歓迎しているけれど、反対する人たちは運営側の問題に首を突っ込むものだと批判している。「わたしをあなたたちの大義に巻き込まないで」。一部の組合員が労組結成に向けた請願運動を始めたあと、反対派のある組合員は公開書簡を出してそう訴えた。
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February 27, 2020 at 05:00AM
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