那須に行くとき、朝食は食べずに家を出る。「KANEL BREAD」に併設のカフェ「iris bread & coffee」で朝食を楽しみたいからだ。このカフェには、おいしいパンとコーヒー、那須の新鮮な食材、そして落ち着いた雰囲気と高原の空気がある。
オリジナルのイートインメニュー「グラチネ」。クロックムッシュ? フレンチトースト? その両方である。ありえない食感。食パン以上のふわふわと、クロワッサン以上のぱりぱりが共存する。ベシャメルソースどろり。自家製ハムから豚の旨味(うまみ)が豊かににじみ、オリーブオイルが引き出した小麦の甘さがあふれだす。
使用されるパンは、フォカッチャ。ハード系のように麦が香り、食パンのように食べやすい、日本人のための新時代の食事パンだ。これを牛乳と生クリームに浸し、2種のシュレッドチーズをふりかけて、バーナーであぶる。ふわふわとぱりぱりが奇跡の共演を果たすのは、そのせいだ。
沈滞しがちな地方都市にあって、黒磯駅前はそれとは無縁。KANEL BREADが街を盛り上げているからだ。古い建物をリノベーションした西海岸のような店舗にうつくしいパンが並ぶのだから、たくさんの人を引きつけずにおかない。
「玉ねぎのクルム」も然(しか)り。小麦の糖分を残した抜群の発酵具合の生地を高温で焼ききって生まれる、濃厚な褐色と黒い斑点が織りなす模様はいつまでも見つめていられそうだ。うつくしさはおいしさにつながる。コクにあふれる皮の香りはバーベキューソースを連想させる。みずみずしい中身はちゅるんと溶け、小麦汁とともに、玉ねぎからも甘い汁がちょちょぎれる。
食べはじめるや脱出できなくなる危険性も含め、まさに沼である。加水100%にも及ぶ高加水のロデブ生地に、フレッシュな新玉ねぎを入れた、この季節ならではのパン。冬はレンコン・ゴボウ、夏はトウモロコシなど季節の野菜が混ぜこまれる。
高加水はKANEL BREADの特徴。水分を多く含むことができる国産小麦をおいしく食べる方法である。「湯種食パン」も北海道産小麦「ゆめちから」「キタノカオリ」を使用した高加水の食パン。夏の日焼けあとみたいなてっぺんの褐色が好ましい。ワイルドな香ばしさを吸いこむ。もちもちだが、やわらかい中身が、むにーんと伸びて気持ちいい。ミルク風味がほんのり彩られた小麦の風味が実に痛快である。
KANEL BREADはまた、地元食材を積極的に使用して地域を盛り上げる。那須は食材の宝庫。パンとしてそれを食べられるのはお客さんにとってのみならず、生産者にとってもうれしいことだ。地域経済の循環にも一役買う。
たとえば、「ホエイのはなし」というプロジェクトに取り組んでいる。那須は酪農が盛んな地域。チーズを作るときに出るホエイは使われないまま廃棄される。これを救いだすため、ホエイを使ったパンを作ろうというものだ。ひとつの大発見だろう。イングリッシュマフィンらしい食感を作りだすのに、ホエイはうってつけなのである。薄くかりっとした皮、ふにっとした食感はホエイによるもの。これも高加水の生地ゆえにとろりとろけて、甘く喉(のど)を潤す。
「ルバーブのデニッシュ」では、那須のお隣・福島県西郷村の、いまが旬のルバーブを使用する。酸味を存分に味わおう。ずっきゅーんと脳天まで走り抜けるこの爽快感。卵やバターの風味が濃厚なカスタードが、酸味となんとすばらしく合うことか。
日本で採れるルバーブは圧倒的に緑のものが多いのに、島田農園のものは、外国産のように鮮やかなピンク。しかも、この時期のルバーブは火を入れても萎(しぼ)まず、形がしっかり残るべっぴんさんなのだという。
そんなふうに季節を感じられることこそ地方のパン屋を訪ねる醍醐(だいご)味。いまなら、少しドライブすれば、鮮やかな新緑が目に飛びこむ。梅雨の晴れ間は、じめじめとした都会を抜け出し、那須で過ごした一日は、すこぶる爽快だった。
KANEL BREAD/iris bread & coffee
栃木県那須塩原市本町5-2
0287-74-6825
8:00~18:00(カフェは9:00~17:00)
火曜休
フォトギャラリーへ(写真をクリックすると、くわしくご覧いただけます)
「このパンがすごい!」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)
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からの記事と詳細 ( ふわふわとぱりぱりが奇跡の共演。新時代のパン料理「グラチネ」/KANEL BREAD - 朝日新聞社 )
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