足を踏み入れると、幸福な食卓が見えてくる。対面式の売り場に大小のハード系パンや焼き菓子、お惣菜(そうざい)やサンドイッチやケーキ。器や籠やジャムなど雑貨も並んで、その向こうにレストランの調理場とテーブル席。数分後か数時間後か、自分がありつくはずの、パンと料理がある幸福な光景がありありと頭に浮かんで、期待に胸が高鳴ってしかたない。
気持ちひとつでいろんな楽しみ方ができる。「bée」のある練馬区大泉は、東京都でありながら実は農産物の宝庫。生産者から届いた新鮮な野菜を、たっぷり使った料理が売り物の「小さなレストラン」。
ランチのメインは「大泉産ナスのモッツァレラのせオーブン焼き アンチョビソースとパン ド カンパーニュ」。ほどよく火の入ったナスはモッツァレラといっしょに溶けて甘い滴となり、秋の香りを残して去った。じゃがいもはミルキーで、後にはやはり土っぽい香りが漂う。地場の新鮮な野菜の力を見事に生かす。
料理には焼きたてのパンがつく。カンパーニュは、いまはやりの高加水に流れず、ソースや料理のしたたりがしみこんで完成。小麦にあふれる野性味は、素材との”親和力”がある。酸味は抑えられ、唾液(だえき)を促し、料理のもう一口を誘う、絶妙のタッチ。パンが前に出すぎず、料理を引き立てるための計算がある。スターシェフのひとりとして、クロワッサンやバゲットで、一流店と覇を競い合っているイメージの國島武人さんに新たな一面を見た。
「引き算を意識しだしました。うまく作ろうとすればするだけ足し算になる。あの製法もこの製法も、あの粉もこの粉もと。自分が自分がという気持ちから、もてなす気持ちになってきました。私は映画を見ても、主役より名脇役が好きなんです。パンは料理の脇役。バイプレーヤーの立場で作れたらな」
7月の移転を機に、「ブーランジェリー」の看板を下ろし、「パンとお菓子と小さなレストラン bée」となった。大泉学園で「DELLA CASA(デッラ・カーザ)」というイタリアンレストランを営んでいた雨宮佳代子さんが加入。國島さんはオーナーシェフという主役から、ひとりのパン職人という「バイプレーヤー」の位置に降り、かわって妻のはるひさんが「まとめ役」となった。
晩夏のこの日、並んでいた「トマトとマスカルポーネのキッシュ」。食卓に白ワインといっしょに供されたなら、どれだけ幸せな気分になるだろう。國島さんの卓越した焼きの技術。おかげで、パイ生地は瞬間的に割れ、小麦の風味が舞い上がる。その渇きをみるみる潤すアパレイユ。トマトとマスカルポーネの甘酸っぱさ、卵とチーズの甘さがすばらしい調和を見せる。
シンプルな食事パンを提供し、各家庭でお惣菜やおうちのおかずとともに楽しんでもらうスタイル。そのためにも食べ方の説明が欠かせないと、はるひさんは考える。
「袋詰めしてる間が勝負。それまで硬いパンを食べてなかった人が、気に入ってまた買ってくれるとすごくうれしいんです。『このパンはこういうふうに食べるとおいしいな』と思ったときの感動を伝えたい」
お客さんごとの嗜好(しこう)や買ったパンも鑑みつつ、どうやったら食べ方を伝えられるか心を砕く。
「カンパーニュは酸味があるので、油分のある料理やお肉といっしょに食べてほしいんです。日が経つにつれ味も変化して、長く楽しめる。地味なお料理やぱっと見さびしいときはドライフルーツ入りのパンを添えると食卓が華やかになります」(はるひさん)
みずみずしいレーズンが鈍く輝く「黒糖ラムレーズンパン」。しめった中身のふにゅっとした風合い。もちっとする前に脆(もろ)くちぎれていく。黒糖のやさしい甘さが全粒粉の風味をやさしく活かし、そこへ汁気たっぷりのラムレーズンから酒精とグレープジュースが染み渡っていくのがたまらなく心地いい。ラムレーズンはお酒と、黒糖は和食とも合いそうだ。
改装を担当したのは栃木県益子の町田泰彦さん。同地にあるスターネット(衣食住を提案するショップ&カフェ)を手がけた建築家である。栃木の大工や左官がわざわざやってきて漆喰(しっくい)の壁や三和土(たたき)を作ってくれた。建築と食べ物。職人の技が交差する風景も見どころだ。
パンとお菓子と小さなレストラン bée
東京都練馬区東大泉1-27-28
03-5387-3522
パン 11:00~売切れ次第終了
レストラン 12:00~15:00(LO 14:00)、17:00~20:00(LO 18:30)
日・月・木曜休
國島はるひさんのInstagram
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「このパンがすごい!」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)
からの記事と詳細 ( これぞ料理の名脇役、 ラムレーズンが心地よく染み渡るパン/bée - 朝日新聞デジタル )
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