三鷹駅南口から少し歩いて繁華街を抜けたところ。餃子(ギョーザ)の名店や鯛(たい)焼き屋など小さいながら個性的な店が集まり「裏三鷹」と呼ぶ人もいる界隈(かいわい)。ここに、新進気鋭のベーカリーが飛び込んできた。
コンクリート打ちっぱなしの床に、白いタイルを張った一直線の陳列台。そこに大きいパンから小さいパンまでずらりと並ぶ壮観。三鷹に誕生した「ベーカリーミッドモースト」に、オープン以来連日行列ができているのもうなずける。
店主の徳永景介(とくなが・けいすけ)さんは変わった経歴を持つ。写真家を目指してフランスに渡ったが、現地でパンに目覚めた。
「『小麦の香りってこれなんだ』ってはじめて気づいたのがフランスです。お金がなかったので、毎日バゲットをバッグに入れて、それを食べてました。フランスのパン屋さんって、生活するために絶対必要なインフラみたいなもの。そういうパン屋さんを僕も作りたかった」
「インフラとしてのパン屋さん」とはなにか。フランスそのままをやるということではなく、日本人にとってインフラとなるよう、徳永さん流に翻訳されているのだ。
陳列の先頭は、大型の食事パン。フランスさながらのバゲットやリュスティックも置くが、シグネチャーは「パン・ド・モースト」。(粉に対し)90%以上水分を加えた高加水の生地を、大きくシンプルに丸めたもの。
極薄の皮から、じわじわと旨味(うまみ)がちょちょぎれ、この皮だけで一杯やれそうだ。ぷるぷるかつエアリーという“ぷるふわ”な中身。断面が黄色いのはデュラムセモリナ(粗びきのデュラム小麦)ならでは。コーンに似たパワフルな香りがあふれんばかり口の中に満ちる。
味よし、香りよし、そしてやわらかく、口溶けがいい。ハード系の苦手な日本人でも、食パンのような感覚で食べられる、セミハードの高加水パン。砂糖で作りあげた甘さではないから、健康を気づかう人でも毎日口にすることに抵抗はないだろう。
その次に並ぶのは、フランスにはない“惣菜(そうざい)パン”。たとえば「チーズ&ハラペーニョ」は、辛いもの好きにはたまらない。極薄にまとったチーズがぱりっぱりで、お焦げの微粒子が鼻をくすぐる。練りこまれたハラペーニョの爽快なるひりひり。最初はさわやかな青い香り、後からほっかほか。食感は衝撃的だ。チューインガムのごとく、歯と歯の間からむにゅーっと顔を出さんばかりに、超絶やわらかく、とろける。
おやつパンは、「ミルクスティック」。「練乳好き」という徳永さんが、バターに練乳を効かせ、濃厚に仕上げたミルククリーム。驚くべきは、やはり食感。極薄の皮は、なんでこんなにぱりっぱり、ほろっほろか? ぐいーんと高加水ならではの弾力。もっちんもっちん。そして、にゅわーんととろける。口の中を飛びまくる小麦の香りの飛沫(ひまつ)が、クリームの甘さを脳髄にまで染みわたらせる力技。
実は、チーズ&ハラペーニョも、ミルクスティックも、パン・ド・モーストの生地を派生させたもの。成形や焼き方や中に入れる具材によって自在に表情を変え、おかずにもおやつにも合う百面相。まさに、フランスにおけるバゲットのような、インフラとしてのパンなのである。
メロンパンやあんぱんといったおなじみのパンも日本人のインフラとして欠かせないだろう。「くりーむぱん」は、「にゅるっとした喉(のど)越し」(徳永さん)がテーマだという。もわんもわんと、持っただけで跳ねるかのごときやわらかな弾力。噛(か)めば、もいーんと沈み、またもいーんと戻る、まるでスローモーション。高加水ゆえのぷるぷる感はとろーんと溶けるとともに「にゅる」に変わり、カスタードクリームとともに甘く喉を滑り落ちていく。
普通は、日本でパン屋に勤めたあと、フランス修業に旅立つものだが、徳永さんは逆コース。フランスでパン製造の国家資格「CFR」を取得してブーランジュリーに勤務したあと、故郷の福岡に帰った。「THE CITY BAKERY」で修業を積み、休日は「パンストック」に通った。両店とも、日本のパンのイノベーションを引っ張る先頭ランナー。フランスのブーランジュリーのあり方が、日本人の嗜好(しこう)に合わせ、最新製法でブラッシュアップされたとき、こんなに素敵な店ができあがった。
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「このパンがすごい!」紹介店舗マップ(店舗情報は記事公開時のものです)
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