連載「パリの外国ごはん」では三つのシリーズを順番に、2週に1回配信しています。
この《パリの外国ごはん》は、暮らしながらパリを旅する外国料理レストラン探訪記。フードライター・川村明子さんの文と写真、料理家・室田万央里さんのイラストでお届けします。
次回《パリの外国ごはん そのあとで。》は、室田さんが店の一皿から受けたインスピレーションをもとに、オリジナル料理を考案。レシピをご紹介します。
川村さんが心に残るレストランを再訪する《パリの外国ごはん ふたたび。》もあわせてお楽しみください。


この連載を読み、幾つもの店にこれまで足を運んでいる(中には、私よりもリピートしている店も!)友人が、「ぜひ行ってみて欲しい!」と、一軒のアドレスを教えてくれた。ベネズエラ料理の店で、サンドイッチがおいしい、と言う。
ベネズエラ料理は、確かに、食べたことがない。ベネズエラ料理店がパリにあることも知らなかった。だいたい、かの国に関する私の知識は、恥ずかしながら非常に乏しく、コロンビアの隣だった気がする……くらいだったから、まずはウィキペディアを開き、地図を見た。
それで気になったのは、サンドイッチは何のパンを使っているか、ということだ。メキシコ料理に通ずるトルティーヤのようなトウモロコシ粉の薄い生地なのか、それとも小麦粉のパンなのか、もしくは南米だったらマニョック(キャッサバ)の粉を使っていることもあるかもしれない。
Google mapに店の名を入力し検索してみると、写真がいくつか出てきた。けれど、イマイチよくわからない。いずれにしても、店の感じも、できればメニューも見たかったから、行ってみることにした。

モンマルトルの丘を越え、パリの北方の景色が開ける坂を下って行くとその店はあった。鮮やかなブルーの枠組みが、グレーの空の下で映えている。もう昼の営業を終える時間で、店内にはお客が誰もいなかったから、メニューの写真を撮らせてもらおうと、中のスタッフに声をかけた。そうして店に入ると、パンの説明も横の壁に掲げられていた。
パンは、トウモロコシ粉だけで作られているらしい。説明の書かれた黒板の横に掛けられたサンドイッチの写真からは、ピタパンのようにも見えた。ただ、気にかかったのは、メニューだ。この連載を始めた頃は、「ちゃんとした店であれば食べる」と肉類を食していた相棒の万央里ちゃんは、そのうちしっかりベジタリアンになり、いつしかヴィーガンになった。チーズ入りのベジタリアンサンドがあるから、それからチーズを抜いてもらえば大丈夫だろうか……そう思いながらメニューの写真を送ると、行きたい!との返事で、パリのベネズエラに初上陸することが決まった。
当日。少し遅れて着くと、すでに席に座っていた万央里ちゃんが「お姉さん、説明してくれたのだけど、あまりよくわからなかった」と言った。「そっかそっか」とうなずきながら、声が弾んだ。母国語のアクセントが強いためによく聞き取れなかったり、フランス語でのコミュニケーションが難しそうだ、と感じたりすると、“あぁ、パリで旅する外国ごはんが始まったな”とうれしくなる。

下見に訪れた時には男性スタッフが2人だったから、すっかり男性が仕切る店だと思って来たら、この日は全員女性のスタッフで、随分と店の空気が違った。
渡されたメニューをみると、サンドイッチは、具を皿に盛り付けパンを添えたプレートとしても提供しているらしい。それだったら中身をしっかり見ることができるし、具もそれぞれじっくり味わえるな!と思って、サンドイッチの店と教えてもらったけれど今回はプレートで注文することにした。万央里ちゃんは、早々に、サンドイッチにすると決めたようで、ならば二つともが見られてバッチリだ。
そのプレートでも十分におなかがいっぱいにはなりそうだったが、前菜にも惹(ひ)かれた。“熟れたプランタン・バナナのフライにチーズ” “マニョック、グリーン・プランタン・バナナ、サツマイモのチップス、アボカドクリーム付き”。どちらも食べてみたかった。具材のラインアップは、読んだだけでも、おなかでそのボリューム感を察知しそうなものばかりだ。でも、興味が勝り、頼むことに決めた。それに、ライムときび砂糖のドリンクもお願いした。

ほどなくして、メキシコ料理店で飲んだタマリンドドリンクにとても似たグラスが運ばれて来た。ベネズエラ版の方が、若干、透明感があるだろうか。飲んでみると、味も似ている。甘みはあるものの重たさを感じる甘さではなく、ライムが相当入っているのか、後味はキリッとして、口の中がさっぱりした。

続いて出てきた前菜のプランタン・バナナの皿を見て、少しばかり後悔がよぎった。これは一体、バナナ何本分なのだろうか? このひと皿で、お昼は十分かもしれない。なんて思ったのに、食べ始めると、半干しくらいの干し芋を揚げたような食感と、さつまいもを思い起こさせる味になんだか安心してしまった。それで、こたつに入って次から次へとみかんをむいては食べるような淡々としたペースで、バナナを食べ続けた。たまにチーズを一緒に食べると、適度な塩味が加わるもんだから、飽きが来ない。
とてもきれいに揚げられた野菜チップスも、歯ごたえを楽しめる厚みで、同時に軽やかで、野菜の甘みを感じるくらいの塩気も程よく、おいしかった。

半分くらいに差し掛かったところで、メインが登場。途端に食卓がにぎやかになった。私が頼んだプレートは、「黒豆と、牛肉のほぐしたもの、それにベネズエラ風のいり卵」とメニューにあり、中でも“ベネズエラ風のいり卵”に私は興味津々だった。早速食べてみる。玉ねぎが加えられている以外は、シンプルな塩コショウの味付けのいり卵に思えた。でも何か風味があるような……油かなぁ? ただ、おいしかった。実は、私は塩味だけのいり卵が苦手なのだ。でも、この店のいり卵は全然嫌じゃなかった。
じっくり蒸し煮したような印象の牛肉は、野菜の風味をいっぱい吸い込んでいる味がした。調味料やスパイスが我先にと顔を出していない煮汁が、噛(か)むごとにジュワッと口中に染み渡る。パンをちぎると湯気がたった。思っていたより色白の生地は、粉というより細かい粒で作ってるみたいだ。挽(ひ)き割りの硬質小麦粉で作るモロッコのパンを思い起こさせた。時折、プチプチと口の中で弾けるのが楽しい。半分ペースト状になった黒豆を食べたところで、あぁ南米のお料理だなぁ、と南米大陸の地図が頭に浮かんだ。

万央里ちゃんのサンドイッチをみる限り、このプレートに盛られたものが、そっくりそのまま、真ん中に切り口を入れて開いたパンに詰められているようだ。今回は、それぞれを味わうように食べたけれど、全部をいっぺんに頬張るサンドイッチはきっとまた違う味わいなのだろうなぁと想像して、近いうちにサンドイッチを食べに再訪したいと思っている。

Bululu Arepera(ブルル・アレペーラ)
20 Rue de la Fontaine du But, 75018 Paris
川村さんからのお知らせ
このたび、YouTubeチャンネルを開設しました。「パリの朝ごはん」秋編を公開しています。
https://youtu.be/ypbV7HZVlYM
からの記事と詳細 ( 初めまして、ベネズエラごはん。トウモロコシのパンに、肉と豆と卵がどっさり/Bululu Arepera - 朝日新聞デジタル )
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