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Monday, December 7, 2020

地下に潜む異色パン。勘違いで生まれた、クリアな小麦の香り/fumigrafico - 朝日新聞社

パンの激戦区・代々木上原は、パン屋を巡る人の姿が絶えない街だ。私もそのひとりで、何度も近くを通っていたのに、fumigrafico(フミグラフィコ)の存在には気づかなかった。住宅街のなんでもない坂の途中に口を開けた、地下への階段。それを降りると、薄暗い廊下の先にブルーグレーのドア。まさかここが? 呼び鈴を押すと現れたのは、エプロン姿の堀内文(ふみ)さんだった。

地下に潜伏しているとはいえ、密売組織ではない。最小限の初期投資でパン屋を立ち上げるため、ワンルームマンションを借り、自分で改造したのだ。

fumigraficoのパンは、日本のパンの風土から突き抜けている。外国で食べるパンの異文化の感触、骨太な感じを彷彿(ほうふつ)とさせた。

地下に潜む異色パン。勘違いで生まれた、クリアな小麦の香り/fumigrafico

国産小麦のバゲット(上)、フランス産小麦のバゲット=堀内文さん撮影

「フランス産小麦のバゲット」は、フランスで食べるバゲットがそうであるように、チーズと合わせたとき、オーダーメイドの服を着たみたいにぴったりくる。小麦の香りといい、かりっと気持ちよく切れる皮といい。皮はバターが溶けるようにオイリーで、焼きとうもろこしのように香ばしい。中身は甘すぎず、でんぷんの風味がすばらしく濃い。

彼女がどういう経歴の持ち主なのか、味からは想像がつかなかった。そのはずである。堀内さんはパン屋で修行せず、約15年間、自宅でパンを焼きつづけてきた。きっかけは雑誌にのっていたパンがあまりに愛くるしかったこと。レシピ通り焼いてみたが、パンがまったくふくらまなかった。

「かちかちのかんかんかんで、『嘘(うそ)でしょー!?』って。失敗したのが悔しすぎて、それがスタート」

入門書を頼りに焼きつづけたが、パンがふくらむのに妙に時間がかかる。理由に気づいたのは1年後。パン酵母(イースト)をはかる計量スプーンが1杯分ではなく1/2杯分だったのだ。

「正しい量で焼いてみたら、パン酵母の匂いが気になって食べられませんでした。少しのイーストでゆっくり発酵をとったパンのほうがおいしいってそのとき気づきました」

地下に潜む異色パン。勘違いで生まれた、クリアな小麦の香り/fumigrafico

堀内文さん

堀内さんの行動は少し風変わりだ。この工房を借りて半年間、部屋の匂いが気になって掃除しまくったという。なるほどと思った。小麦粉は匂いを吸着しやすい。嗅覚(きゅうかく)の発達した人だから、ああいうクリアな香りのパンが焼けるのだ。

「習ったことがないので、なにが正解かわからないんです」

業務用ミキサーを置くことができず家庭用のミキサーを使用している。設定を超えた大量の生地を無理やりこねている。そのためなのだろう。グルテンがつながりきらず、バゲットの皮やもっちりな中身にもすっと歯が入る。勘違いのままの暗中模索は独自のパン世界へ到達させた。

地下に潜む異色パン。勘違いで生まれた、クリアな小麦の香り/fumigrafico

酵母プレッツェル=堀内文さん撮影

堀内さんの技術を一気に押し上げたのは、Instagram。「英語を勉強しようと思って」海外のアカウントをフォロー、コメントなどを通じベイカーたちと交流をはじめた。

「日本のセオリーとちがっていて刺激になりました。レシピもオンラインストレージから自由にダウンロードさせてくれる。新しいパンとの出会いが大きかったです。みんなで議論するのもすごく楽しかったですし」

グラフィックデザイナーだが、事務所の解散をきっかけに、パンも仕事にした。

「好きなことをやりたいと思って。人生は短いですしね」

Instagramで数万のフォロワーを得ていたので、告知をすれば売れると考えた。最初の日、電話が鳴りやまなかった。翌日も同じ量を仕込んだが、パンは1個も売れなかった。工房には大量のパンが残された。

「パンを売ったらロスが出るなんて、それまで1ミリも考えたことがありませんでした」

地下に潜む異色パン。勘違いで生まれた、クリアな小麦の香り/fumigrafico

パンを焼くために参考にしている蔵書

よく参考にする本を工房に並べている。その中に『ブレッド&サーカス 粉からおこす自家製天然酵母のパンづくり』を見たとき、私はあっと思った。「日本のパンの風土から突き抜けている」感じは、湯河原の名店「ブレッド&サーカス」とよく似ているではないか。

「デーツといちじくのモラセス風味のパン」は、ブレッド&サーカスのレシピを元に作られたもの。目の詰まった生地を歯が押しこむときのむちっという快楽にくらくらする。少し黒糖に似たモラセスの甘さはくぐもっていて、むっとするようなイチジクの甘さ、デーツの香りとすばらしい相性。そのバックグラウンドで、発酵種の風味、酸味が湧き出している。

地下に潜む異色パン。勘違いで生まれた、クリアな小麦の香り/fumigrafico

デーツといちじくのモラセス風味のパン(左)、ベーグル 黒ごまチーズ

「ブレッド&サーカスの寺本康子さんにパンを送ったんですね。そしたらメッセージをいただいて。『まっすぐなパンですね』という言葉に号泣してしまいました」

堀内さんには次なるプランがある。春を迎えた熊のように、地上へと上がって町の中に工房を構えようというのだ。

「Instagramだけではなく、街を歩く人にfumigraficoを見つけてほしいんです」
 

fumigrafico
東京都渋谷区元代々木町
(店舗住所は非公表のため、メールか電話でお問い合わせください)
メール fumigrafico@mitografico.jp
電話(スマホのみ)Instagram(@fumigrafico)の「連絡先」から
13:30〜20:00(すべてのパンがそろうのは16:00頃)
日・月・木曜休
通販 https://fumigrafico-tokyo.stores.jp

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PROFILE

池田浩明

佐賀県出身。ライター、パンの研究所「パンラボ」主宰
日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるブレッドギーク(パンおたく)。編著書に『パン欲』(世界文化社)、『サッカロマイセスセレビシエ』『パンの雑誌』『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、『人生で一度は食べたいサンドイッチ』(PHP研究所)など。国産小麦のおいしさを伝える「新麦コレクション」でも活動中。最新刊は『パンラボ&comics 漫画で巡るパンとテロワールな世界』(ガイドワークス)
http://panlabo.jugem.jp/

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