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Thursday, September 30, 2021

焼き立てパンは置いていません! パン屋の”当たり前”をくつがえす「時をとめるベーカリー」は、なぜ生まれたのか? - ITmedia

takooras.blogspot.com

 パン屋の楽しみといえば、焼き立ての匂いが充満する空間で、おいしそうにテカテカと光るパンを選ぶことといっても過言ではないだろう。9月某日、ワクワクしながら横浜市にある瀬谷駅直結のパン屋に入店した。

瀬谷駅直結のパン屋「時をとめるベーカリー」(画像:ハットコネクト提供)

 ……あれ、焼き立てパンのいい匂いが鼻腔をくすぐって……こない? 店内を見渡しても店員らしき人はいるものの、肝心のパンが1つも見当たらない。あるのはゴウゴウと音をたてる大型の冷凍ケースだけ。

 もちろん入る店を間違えたわけではない。ケースの中を覗くと大量の冷凍パンが置かれていた。店の名前は「時をとめるベーカリー」。神奈川県や東京都のパン屋のパンを中心に大阪府やスペイン、ドイツなどの海外パンも仕入れて販売する「パンのセレクトショップ」だ。2021年9月にオープン。現在は、約50のパン屋と提携しており、陳列商品数は約450種類に上る。

大型の冷凍ケースが並ぶ

 桁違いの商品数を始め、この店はパン屋の「当たり前」が全く通用しないのが特徴だ。通常のパン屋のピークタイムは朝だが、こちらは昼と帰宅ラッシュの午後6時ごろで、むしろ朝の来店客は多くないという。また、どのパン屋でも取り扱っている食パンやバケットがほとんど置かれていない。お客さんの入りに合わせて続々と焼き立てが追加される通常のパン屋と異なり、在庫がなくなればその日に同じ商品が追加されることはない。そして、極めつきが冷凍パンだ。焼き立ては1つも売っていない。

 「パンは焼き立てがおいしいのに、そんなカチコチに冷凍したパンを買う人なんているの?」と思うかもしれないが、通常のパン屋と同等の客入りに加え、客単価は300円ほど高く、まだオープンして約1カ月だがかなり好調な滑り出しだという。

 冷凍パンを解凍すると、固くなったりパサついたりするイメージを持っていたが、実際に同店で販売するパンをオーブントースターで焼きなおしてみたところ、焼き立てのようなふんわりとした仕上がりになった。いったいどういう仕組みなのだろうか?

1番人気のピザ。冷凍状態(左)と解凍後(右)

おいしく復活させる秘密は「冷凍技術」

 450種類もの冷凍パンをおいしく提供できる秘密はこうだ。昼過ぎに提携パン屋から届いたパンの袋をすぐに閉じて密閉状態にする作業が行われる。その後、袋閉じしたパンをマイナス30度の不凍液が入った冷凍機に入れて一気に冷凍する。パンが乾燥していない状態で密閉状況を作り、すぐに冷凍することで、水分が逃げてパサつくのを防止できるという。本来は肉や刺身の保存に使われてきた技術をパンに応用したのだ。これでおいしさをキープしたまま提供できる。

パンの袋を密封状態に(左)、冷凍機で冷凍したパン(右)

 「家庭用の冷凍庫で凍らせればよくない?」と思うかもしれないが、所要時間の長さがネックに。家庭用の冷凍庫を使うと完全に凍らせるのに3時間ほどかかる。一方、この冷凍機は20〜30分で凍結できるため新鮮な状態を保つことができるという。

不凍液の中にパンを入れて冷凍する(左)、冷凍機からあがったパン(右)

 パン自体は確かにおいしかった。だが、筆者には「焼き立てパンの香り」や「多種多様なパンがずらっと並ぶ光景」などパン屋の魅力を取っ払ってしまったような味気のない店に見えてしまい、消費者に根付くのか? オープンしたばかりだから物珍しさでお客が入っているのでは? という疑問が残った。

 「時をとめるベーカリーは、これまでのパン屋のように香りや視覚など”五感で楽しむパン”を届けることは難しいです。しかし、今までのパン屋では”仕方がない”と考えられてきた『ブラックな労働環境』と『廃棄によるフード・経営ロスの削減』を解決できます」(ハットコネクト代表取締役 中島 慶氏)

焼き立てパンが並ぶ光景がパン屋の魅力なのでは?(画像:ゲッティイメージズより)

IT起業からパン屋の世界に 「パン屋ビジネスは本当にヤバい」

 時をとめるベーカリーを立ち上げた、ハットコネクトの中島氏は新卒でリクルートに入社した。求人広告の営業に従事したのち、同僚と2人で起業する。ホームページ制作やWeb広告の代理店業を営むなかで、「給料は増えたけど、社会に大きな影響を与えられていない」というジレンマを抱えることに。

 「ITの仕事は40、50代でもできます。今のうちに、もっと社会にインパクトが与えられる仕事がしたいと思うようになりました。マーケットが大きく、面白みがあり、最もきつい業界ってどこだろうと考えた時に思いついたのがパン屋だったんです」(中島氏)

 パンの移動販売を運営するエッセングループに営業として入社後、すぐに業界が抱える2つの課題に直面することになる。

パン屋は「失敗できない業種」 根深すぎる業界課題に直面

 パンの移動販売という業態にも限界があると感じていた中島氏は販路開拓に奔走する。実際に百貨店の開拓などを通して売り上げは伸びたが、利益が伸びない。そこで、業界の根深すぎる2つの課題に気付くことに。

 販路拡大に伴い、発送費や販売員の人件費、パンの廃棄費用など「パンづくり以外のコスト」が発生すること。もう1つは、「パン職人のブラックな労働環境」だ。朝〜昼のピークタイムに合わせて十分なパンを用意する必要性から、職人が働き始めるのは朝の2時。パンの賞味期限は翌日が限度。毎日がゼロからのスタートのため、1日でも休んでしまうと商売にならない。失敗できないのが、パン屋の現状なのだ。

パン屋の朝は早い(画像:ゲッティイメージズより)

 「パンは日本人の主食として定着しているため需要が大きいです。一方で、パン屋の働き方は完全な労働集約型。百貨店などで販売できるよう販路を拡大すればするほど、パン職人の労働がブラックになっていくという嫌な循環が起こりました」(中島氏)

 このスタイルではいつか破綻してしまうと考え、立ち上げたのが「時をとめるベーカリー」の前身となるパンのセレクトショップ「HEART HAT」だ。神奈川県内の50のパン屋のパンを集めた。横浜高島屋に20年1月に催事として誕生し、21年3月には常設店「カナガワ ベーカーズ ドック」としてリニューアル。

カナガワ ベーカーズ ドックが横浜高島屋に誕生(画像:カナガワ ベーカーズ ドック公式Webページより)

 神奈川中からパンを集めることで、人件費や搬送費などを分配することができた。また、加盟パン屋は毎日お店を開けなくても、ベーカーズ ドックにパンを卸すだけで収益を得られるように。消費者はお店に行けば神奈川中のパンを楽しむことができるという、今までにない特徴を打ち出すことで、お店は大繁盛。入場制限を設けるほどだったという。

 「ベーカーズ ドックがあれば、パン業界の課題解決もできるし、『時をとめるベーカリー』いらないじゃん」と思われるかもしれないが、パン業界はそんなに甘くない。加盟パン屋は収益を上げられるようになったものの、「売れ残り問題」と、加盟店が増えることによる「取引額の低下問題」が発生した。

 カナガワ ベーカーズ ドックに並ぶパンは、一度ハットコネクトが全て買い取って販売している。そのため、売れ残りは赤字となってしまうし、廃棄コストも発生する。また、店頭の陳列スペースは限られているため、パン屋を救済するために加盟店を増やすと、1店当たりの取引額が下がり、業界課題の根本的な解決につながらなくなってしまうのだ。

パンを冷凍するだけで、本当に全部解決できるの?

 「フードロス」「ブラックな労働環境の改善」「提携パン屋の取引額低下」これらの問題は、パンを冷凍するだけで本当に解決できるのか?

 まずはフードロス問題。「全国のパン屋の1日の廃棄量は生産量の10%弱といわれています。しかし、ロス問題は、パンを廃棄するという物理的なロスと、経営上のロスという2つの指標があると考えています。例えば、100円のパンを閉店前セールで50円にして売り切ったとします。物理的なロスはゼロですが、経営上のロスが発生します。ゴミ箱にパンを捨てないからいいわけではない。経営を圧迫していることも大きなダメージです」(中島氏)

ロスは、物理的なロスと経営上のロスに分けられる(画像:ゲッティイメージズ)

 パンをおいしい状態で冷凍することで、品質を保つことができ、割引販売も必要ない。冷凍パンの賞味期限を測る実証実験では90日間の保存が可能と判明した。これで、廃棄問題はおおむね解決。

 そして、冷凍パンが広がっていくことが「ブラックな労働環境の改善」や「提携パン屋の取引額低下」の解決につながるという。

 労働環境がブラックになる最大の理由は、通常のパン屋のピークタイムが「朝」という点にある。午前7時、8時の開店と同時にお客が押し寄せるため、それまでに全種類のパンを用意しておく必要があるのだ。しかし、冷凍パンが普及すれば「納品時間」の概念が消える。納品後、冷凍して店頭に並べておけばお客が何時に来てもパンがある状態を保てるのだ。朝の2時から働く必要がなくなり、労働問題から解放される。

 また、「提携パン屋の取引額低下」の解決にもつながる。通常のパン屋では置けるスペースが限られていたものの、冷凍してしまえば、型崩れも気にせず冷凍ケースに詰め込むことができる。実際、時をとめるベーカリーの冷凍ケースにはあふれんばかりの冷凍パンが敷き詰められていた。

冷凍ケースには、パンが敷き詰められていた

 商品から労働環境まで、パン屋の「当たり前」をくつがえしていく時をとめるベーカリー。お店の顔となるパンが、焼き立ての香りを漂わせながら出迎えてくれないのは少し寂しい気はするものの、この光景がこれからのパン屋の「当たり前」を作っていくのかもしれない。

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